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小田原城と伊東温泉の旅(2006年9月5日〜6日)


 はじめに
 全国あちこちに出かけておきながら、周りから見ていなくて絶対におかしいと言われる対象物が「富士山」です。東海道を何度も通っているのですが、通過する時は常に夜か日が暮れた後。これでは富士山が見られるわけがありません。しかし、この僕が富士山を見たいとは思わないわけがありません。昨年の甲府旅では京阪神ドリーム静岡号にて静岡に到着した後、身延線経由で向かったわけですがこれも富士山を少しでも見られたらと期待してです。一応富士山は春に東京に行った際、東京駅の近くにある丸ビルから頂上付近だけを見ることができました。そのときは思わず歓声を上げてしまったほどでした。これが初めての富士山を見たわけですが、頂上よりも全体を見たほうが感動もひとしおだと思います。そういうことで青春18夏シーズン最後の1枚は富士山を見ることだけにしました。

 さて、行きは去年と同じ京阪神ドリーム静岡号を利用しました。昨年と違うのは始発バス停が大阪ではなく神戸になったことです。そして2階建てバスではなく、ボルボ車という最後尾のトイレ横がサロン室となっており、これが女性専用席となっています。

 バスの予約は早めに、しかし天気は操れるわけではありませんからこればかりは神頼みです。雨ではなく曇りでも富士山は見ることができませんからね。しかし、結果は天気予報では雨でした。もっと早い時期に行けば良かったんではと思いますが、お盆は避けたいですし、シフトがあまり良くなかったのでこの日しか残っていなかったんです。

 そういうことで2つのプランを準備しました。
1、御殿場線経由で富士山を満喫する
2、富士山は諦めて小田原城と伊東線を完乗する
 どちらにするかは当日の天気次第ということです。
 再び京阪神ドリーム静岡号
 1年ぶりの京阪神ドリーム号。去年と違うのは乗り場と車両。なので、1年ぶりとは言えども全く初めての乗車のように思えました。
 乗り場は三ノ宮駅前に21:45に発車です。高速バス乗り場にはそこそこ行列があったので、「人気のある路線だなあ」と思ったのも束の間、淡路島への路線に対する行列でした乗り込んだのは結局3人だけでした。
 経路は阪神高速湾岸線の住吉浜より高速走行となり、USJを抜けて天保山JCTより大阪港線にて中心部に向かいます。ここから8の字のようになっている一方通行の1号環状線を、6の字を逆から書き始めるようなルートになります。つまり、北に向かいたいのに南にいったん下った後、さっき通った道路を交差して北に向かうような感じです。西から来て真ん中を通り過ぎて東まで来たら南へ向かい、真ん中を通り過ぎては北に到着というルートです。ルートの知識が全くないままでしたので、横に道頓堀の建物が見えて驚いたものでした。
 大阪駅では18人ほど、京都駅では8人を乗せて静岡に向かいます。多賀SAで休憩の後で消灯となりました。運転士は2人体制ということで、1人は客席にいたのですが、それが窓側最前列でした。中間座席の人もいるというのに何かおかしいなと思います。
 翌朝7時過ぎ、曇り空の静岡駅に到着しました。
向かい合わせとなる女性専用席 JR西日本バス担当でした
 小田原へ
 静岡駅に着いたわけですが、空は怪しい模様。曇りでもアウトなのでほぼ絶望ですが、とりあえず東へ向かいました7:22発に乗って富士駅に着く前、富士山らしき形の山の麓が見えたのですが、これが富士山だったらなんと大きな山なんだろうと思いました。しかし、麓だけでは感動はしませんでした。結局、富士山を満喫する旅は諦めて、小田原城に行くことにしました。

 沼津駅で乗り換えると、東京行きの電車でした。なんとも懐かしい雰囲気の車両です。9:09に小田原駅に到着しまして改札を出ました。改札を出まして賑やかでした。小田急と箱根登山鉄道もこの駅にあるわけですし、箱根は人気ですから賑やかになるのも当然かもしれません。

 駅を出ると雨は時々と降り始めました。小田原城に到着すると本丸にいきなり象が目に入りました。他にも猿山もありまして、どうやら小さな動物園になっているみたいです。無料で象が見られるってここくらいではないのかと思います。

 小田原城に登ってみました。内部は博物館となっており当然のことかもしれませんが、小田原城主であった北条氏は戦国時代の強豪である上杉謙信や武田信玄の侵攻から小田原の町を救ったというような内容でした。確かに2強から小田原を守ったのはすごいことですよね。最上階からの眺めは・・・この天気ですからあんまり良くはなかったです。。。

 小田原城だけで後にした小田原の旅でしたが、二宮尊徳の博物館などまだまだ見所がたくさんあると思いますので、また来た時にゆっくりと回ろうかと思います。
本丸の象さん「ウメ子」 内部が博物館になっています 復原作業もあちこちと銅門もそのひとつ
 伊東にて
 小田原を出ましては伊東線を制覇することも兼ねて伊東に向かいました。熱海駅で乗り返しまして、乗った車両は伊豆急行車両の「リゾート21」でした。海側にむけて座席が向かれているので景色を楽しむことができるようになっています。でも、全線ではないので、住宅街内だとちょっと恥ずかしいような。。。ちなみに僕が乗車した時はすでに満席でしたので、デッキで伊東に向かいました。

 伊東駅につきましてはまずは昼食を探します。ところが、一通り巡っても入りやすいようなお店はありませんでした。見るからに高そうなお店とか、表にメニューを掲げていないお店とか。。。ファーストフードで済ませてしまおうかと思いましたが、観光に来てファーストフードは味気ないです。巡りにめぐった結果、「しらかわ」というガイドブックにも載っていない小さなお店に入りました。ここで海鮮づけ丼を注文しました。味はまぐろに、たぶん金目鯛も使っていると思いますので非常に美味しかったです。また、夫婦で切り盛りしていますので、細やかな配慮が感じられてさらにおいしくいただけました。
伊豆急行車両「リゾート21」 非常においしかったです
 その後は、伊東ですから温泉を探します。ところが温泉もあんまり活発ではなさそうです。。。その結果、昭和3年に建てられ平成9年に閉館した名温泉旅館を、平成13年に観光施設として再開館された「東海館」という施設に入りました。閉館されたのですから、今は観光施設になっているのですが、それを知らなかったら泊まりに来てもおかしくはない外観と内装でした。入浴料兼入館料の500円を払いますと、係員さんが先導になってわざわざ浴場まで案内してくれました。
 では入浴へ・・・とドアを開けたら「せまっ!!」と思わず声を出したほど狭い浴場でした。脱衣かごが4かご、洗い場3ヶ所で、洗っているとお湯が降りかかりそうな狭さです。誰かが来たら嫌だなあという言葉が頭を巡っていましたのでちょっとリラックスは出来ませんでしたが、こういう名旅館のお風呂場を独占するというのは非常に気持ちの良いものだなと思いました。
 その後は東海館を見学しました。見学とは言えども、客室を巡り、そしてその客室ごとに趣向をこらしたデザインを見る程度です。でも、本当に営業してもいいくらいの良い客室ばかりでしたのでもったいないなあと思います。

 東海館を出た時点で15時前です。しかし、これから明石まで各停で帰らなければなりません。雨は本降りになり始めたころに伊東駅を15:20に出ました。再びリゾート21でしたが、今度は座ることができました。しかし、下校時間と重なっているので車内は学生さんも混じっています。観光列車の意味合いがあるのだと思いますが、なんとも不似合いだなあと思いました。
 熱海駅で東海道本線に乗り換え、16:16に発車、静岡駅を越えて浜松駅に18:47着、18:49発、豊橋駅に19:23に到着して一旦降ります。このまま行くと大垣まで行けるのですが、19:36発は米原行き始発なので座って行きたいですから降ります。13分の空き時間になりまして、改札を出て軽く歩いて見てももう暗いですからよくわからず、すぐにホームに戻りました。小腹が空いたなと思ったのでちょっと引き返して急遽えきそばを食べました。ここはまだ濃いダシですね。ねぎの多さに驚きましたけれども。。。ホームに降りては行列が。。。座れるかなあと思っていましたが、誰も乗り込まず「???」と思っていると飯田線方面の行列でした。誰も乗り込まなかったので楽に座れましたし、米原までのんびりとすることが出来ました。米原駅に21:36に到着してはここでJR東海とお別れです。すぐに12両編成の新快速がやってきましたので名残を惜しむ間もなく。。。日が変わる頃に最寄り駅に到着したのですから伊東から9時間もかかったことになります。久しぶりの東海道横断でしたが、やっぱり昼行も夜行も一気に行くと疲れますね。。。
外観からでも分かる「東海館」 ここだけ温泉風情が漂っています まるで営業中のよう・・・
狭い浴場でした。。。 どれも1つひとつ趣のある客室 展望台もあります
 終わりに
 当初は「富士山満喫の旅」として御殿場線などを行く予定でしたが、あいにくの雨ということで代替案で行くことになりました。念のためにガイドブックを用意するなどをしていたのがよかったと思います。小田原も伊東もそこそこ楽しめましたが、やっぱり雨が降ると景色などが見づらくなるので半減と言った所でしょうか。それでも行くこと自体に旅行の意義がありますから、失敗だったとは思ってはいませんし、また来ることもあると思います。

 伊東から明石まで一気に帰ったことになるのですが、やはりこの距離を普通電車で行くと非常にしんどいですよね。しかも、熱海、浜松、豊橋、米原と乗り換え最少手段を用いたのにです。最近はこの区間を新幹線などで行くこと多かったので、青春18きっぷで行くことに耐えられなかったのかもしれません。これからも青春18きっぷを使って旅をするんですから、その辺りはわきまえたいのが反省でした。

 以上をもって青春18きっぷの夏シーズンは全て使い切りました。休みごとに旅したことになるのですが、その休みごとに雨が重なるという最悪の日程でした。その結果、次のアルペンルート旅を含めて4週連続になった理由も序盤に雨を避けたためです。最悪なシーズンでしたがその勢いのまま立山黒部アルペンルートに向かうことになるのです。。。


(07年1月16日執筆)







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