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高速クルーズ&初フライトの北海道旅(2005年4月10日〜12日)


 はじめに
 最近は仕事が連休のたびにどこか遠くへ旅に出てしまっています。昨年9月から始めたパートは、当初は連休と言うものはなくてめったに取れないものだと思って連休のたびに旅行の計画を立てていました。ちなみに職場の休みはシフト制なので、休みは申請すれば希望日を休みにすることはできるのですが、連休となると人数が少ないので迷惑になりますから申請しにくいです。そういうことで連休になるかどうかは上司の決め方次第と言うことになるわけです。

 今回の連休は、2月に関門海峡冬の旅を終えたばかりなので、間隔も短くてお金を貯めて次の旅行にまわせばいいかなと思っていましたが、実はそうもいかない事情がありました。それは僕の誕生日である4月8日が近いことで、飛行機のバースディー割引が利用できることです。

 バースディー割引は1万円から1万2千円の範囲で全国共通ですから遠ければ遠いほどお得になるわけですね。ということは、関西から遠いと言えば沖縄か北海道のどちらかになります。しかし、ひとつ問題があります。僕の旅行歴は長いけれども、飛行機だけは生まれてからこの20数年間1度も乗ったことがありません。いわゆる飛行機嫌いっていうのかもしれませんが、それ以前に僕は飛行機が飛ぶことは信じられないわけです。飛行機が飛ぶ原理は理解しているのですが、それでもなぜ飛べるのだろうと疑問に思ってしまうわけです。そういう疑問があるからこそ、今まで飛行機を拒否しつづけた原因なんですよね。それでもいつまでも飛行機に乗らないままでは旅行通とは言えないですから、今年の抱負は「飛行機に乗ること」を年賀状やこのHPでもどうどうと宣言していました笑。

 最初はまずは経験するために片道は新幹線を利用するルートで東京あるいは福岡に飛ぶ予定でしたが、バースディー割引で1万円というのは何となくお得感がないですよね・・・。かといって、九州各地へは関門旅で言ったばかりだからあまり行きたいとは思わないし、四国は近すぎて論外。信州方面は交通の便が悪いし、東北地方へも本当は太平洋フェリーを使えればいいんだけれども、飛行機も含めてダイヤがちょっと悪すぎて難しい。沖縄も行かないといけないのだけれども、初めてなのに往復飛行機と言うのはちょっときつすぎる。ということで、出てきた結論が北海道になりました
 出発地は舞鶴?新潟?敦賀?
 2年連続の北海道ということに落ち着いたわけで、次は行き方を考えました。もちろんおなじみの新日本海フェリー利用と言うことになります。深夜発ですから仕事が終わってから向かえばいいやと思っていましたが、落とし穴が潜んでいました。いつも利用する舞鶴小樽航路は新造船の就航もあって早く乗りたかったのでまず挙げましたが日曜日は運休。。。次に、新潟小樽航路は新潟まで夜行バスで向かって翌朝に乗船ということを考えましたが月曜日にあたって運休。。。残るのは敦賀苫小牧航路の直行便です。苫小牧航路は駅からも遠いし、夜着ですからその日のうちに札幌にはたどり着けるかは微妙な場所で、万が一遅れたりしたら宿泊場所にも困るからあまり利用したくはない航路なんですよね。でも、これしかないのでやむ得ず利用することにしました。そうと決まれば宿泊場所も苫小牧駅周辺に決めまして、予約もすぐに済ませました。本当は04年リベンジの旅で利用した札幌の「ホテルサンライト札幌」を利用したかったんですけどね。ずっと笑顔のお姉さんがいたらうれしいんですが笑。

 続いては飛行機のチケットです。当然ながら予約も初めてですから、前もって色んな情報を入手の上、インターネットで申し込むと言うことにしました。航空会社にはJALとANAの2社がありますが、できるだけ遅くまで北海道にいたいということで伊丹空港への終便であるJALの2016便(18:30発、20:25着)にしました。関空にはANAが21:25着便があるのですが、ここまで遅いと翌日に差し支えるということで止めました。それにJALのこの便だと2階建てのジャンボですから何となくいいでしょう笑。JALのHPから予約をしていき、座席の指定ではもちろん2階席の窓側で一番後ろを指定しました笑。階段のすぐそばにも座席があってそこが2人掛けなのですが、すでに取られていました。でも、階段の目の前に座席があるって、誰かが登ってくるたびに見られるのですから僕としては嫌な席だと思うんですが。。。予約は無事に終えまして、チケットレスサービスを利用しましたので、次の日にローソンにて振り込みました。当然ながら一連の操作はいずれも初めてと言うことで緊張したのは言うまでもないですね笑。

 シフト表は3月10日に頂き、3月13日でフェリーを含む予約とチケットの手配はすべて完了しました。ここまでの決断と実行は非常に速かったと思いますが、北海道に着いてどこに行くかは前日にあたる4月10日まで決まっていませんでした笑。
 新日本海フェリーにて
 そして4月10日。仕事を昼過ぎまでの予定通りに終わらせ、夕方になって駅へ向かいました。敦賀駅までは青春18きっぷを利用です。最終日の夕方発で青春18きっぷ利用とはちょっともったいないような気がしますね。いや、実際には障害者割引で向かうと損していますのでもったいないんですが。。。

 西明石駅から新快速を利用してこの時間での終着駅である野洲駅へ。いつも思うのですが、京都駅を通るのに降りないというのは僕にとっては非常に違和感があるんです。やっぱり京都が好きですからね。野洲駅から米原駅まで普通電車。米原駅でいったん改札を出てみたのですが何もなかったです。新幹線や特急が停まりますし、始発駅でもある重要な駅なのですが、典型的な乗換専用駅みたいですね。さらに遠い長浜のほうが栄えているのがちょっと不思議な気がします。米原駅から敦賀駅も言うまでもないですが普通電車で。20:39ともう遅いのでガラガラかと思いましたが、3両編成で各ボックス席が1人ずつ座って満ボックス(笑)という混み具合でした。この時間帯で敦賀方面から米原へ向かう電車には何度か乗ったのですが、いつもガラガラでしたから逆方面もガラガラと思っていたら予想外でしたね。米原駅では20分程度の発車待ちがありました。隣のボックス席に座っていたおっちゃんが、汚い裸足で座席に足を放り出したのには閉口しましたね。その前のおじさんは、セブンティーンアイスを食べているのを見て「おいしそうだなあ」と僕が思っていたら、席を立って外へ出たかと思うと、再びセブンティーンアイスを手に持っていました。「お代わりかい!!」と内心で突っ込みました笑。

 敦賀駅に到着して送迎バスが来るまで20分の待ちです。この時点で21:26。駅にあるコンビニなどはおろか、寿司屋さんも閉店しています。駅前の商店街はお土産屋さんに喫茶店がわずかに開いている程度です。それもまもなくシャッターを下ろしてしまいましたが・・・ですから、20分待ちというのは非常に退屈な時間です。そうそう天気はというと、夕方までは晴れていまして、夕方から崩れ始め、米原を出てから雨がポツリポツリと降り出しはじめました。敦賀駅に着いたら傘が必要だと思い始める展開でした。やっぱり休日は雨男になりつつあるんでしょうか苦笑。でも、北海道では晴れ、近畿では雨という予報ですので、旅行に関しては晴れ男の記録は続いています笑。

 時間が来ましたのでバス停へ。。。なかなか来ません。それだけではなくて僕以外は誰もいないんですよね。「えっ?連絡しないと来ないんかな?」と不安になってきまして、何度かバス停の時刻表を見つめ、「ん?」発見したのは、「苫小牧行き高速船乗り場」・・・冬の日本海を明淡高速船の「まりーんふらわあ2」で敦賀から苫小牧へ疾走する様を想像してしまいました笑。予定時刻から10分過ぎてやっとバスがやってきましたが結局、21:50発の送迎バスに乗ったのは僕だけでした。しかも送迎専用のバスですから当然ながら絶対に赤字ですね。

 敦賀港ターミナルはバリアフリーが整っていまして意外ときれいな建物でした。こういう人が少ないときはもったいないなあと思うとは思いますが、夏などの繁忙期になるとこんな真夜中発でも多くの人がいるのでしょう。乗船受付までまだまだ時間があります。仕方がないので2階の待合コーナーでしばらく待つことにします。さすがに僕ひとりではなくて先客がいましたのでほっとしましたが、その先客はテレビの電源を使ってパソコンをしていました。しかもコードが届かないらしく、床に地べたに座っているのでちょっとひきましたね。とりあえずそのときから異様な雰囲気を出しているなあと思いました。

 ところで今回の旅行はビデオカメラを持参しました。姉から借りたのですが、果たして役立つかどうかはわかりませんけれども、記録を作る手段としては非常に有効になるかと思います。

 しばらくして乗船手続きが始まり、22:35発の送迎バスに乗ってきた人もやってきましたが、それでも合わせて7人程度と非常に少ない人数でした。そして乗船。今回は「すずらん」でいつもと同じように2等寝台を利用しました。「すずらん」と「すいせん」の2等は極端に減らされていて、1隻でわずか34人しか定員がないんですよね。ですからこんな閑散期でもきっと満席だろうと思って2等寝台に決めたのですが、結局は満席とは言わなくても10人程度が利用したみたいです。その反面、2等寝台は1部屋の下段がほとんど埋まる感じでしたのでみなさん考えていることは同じだったようです。

 日が変わって1:30前。定刻よりもちょっと早めに出港していきました。徒歩客用のタラップはそれよりも1時間ほど前に外されていました。1時になって乗船を申し込む人はいないからだとは思いますが。僕が新日本海フェリーの一番好きなシーンが陸上係員が整列して手を振って見送るところですね。深夜ですからさすがにないだろうと思っていましたが、ペンライトを手に振っていました。何度見ても良いシーンですね。 大浴場は出港前まで利用可能のはずですが、今日は早く閉まりました。乗客が少ないといろいろと省かれるのでしょうか?そういうことでお風呂に入れませんでしたが、誕生日を祝して乾杯した後就寝しました。
フェリー「高速船」だそうです ターミナルの「すいせん」 手を振る係員さん
 翌朝は雲が多いながら若干晴れていました。9時前に目を覚ましましたが「すずらん」は順調に北へ向かっているようです。高速フェリーなんですけれども、現在位置のモニターに出ている速度計を見る限りはフルスピードではないようです。それでも瀬戸内海のフェリーよりもかなり速く進んでいるようですが、やっぱり大海原では速さを確かめられる対象物がありませんので速いのかどうかはわかりにくいですね。とりあえずは一番風呂。誰も入っていませんから気持ちいいお風呂でした笑。朝食はカップラーメンを用意していましたのでそちらで済ませ、食後のコーヒーを飲みつつ、「すずらん」の船内調査レポをまとめる為に右舷側にある展望通路に座っていました。もうすぐ「すいせん」とのすれ違いがありますからその準備を兼ねていたんですよね。すれ違うとしたら左舷側に10時15分くらいに来るはずときちんと頭には入れていたんですが。。。ちなみに左舷側にも展望通路があるのですが、太陽は右舷に日が差していますから左舷側では暗くて寒いのでちょっと居たくない場所なんですよね。と・・・きちんと頭に入れておきながら、気づいたら通過後でした。。。遠ざかる「すいせん」を慌てて写真に収めようと思いましたが、すでに小さくなりつつありましたから諦めました。リベンジは・・・無理でしょうね涙。

 昼食はレストランにて十勝産の豚丼にしました。おいしいことにはおいしいですがちょっとだけ物足りない感じがしないでもないですね。

 昼間航海は本当に長いです。展望通路に座って物思いにふけるのもいいですが、あまりにも変化がない船内ではちょっと退屈に思えてきます。過去2度乗った舞鶴小樽航路は春休みでもあって学生さんがたくさん乗船しており、どちらかというとにぎやかな航海でしたが、今回はわずか数人ですから特に目立った変化もない上に、外に出ても直接潮風には当たれない構造をしていますので退屈さは増すばかりでした。14時過ぎにやっと陸地が見え始めましたが、特に町並みというものは見えず、ただ同じような岩が続いている感じでした。16時すぎに演歌で有名な竜飛岬沖を航海しました。やっと津軽海峡を横断始めたということですね。竜飛岬の印象は風力発電の風車が周辺にたくさん設けられていたことでしょうか。津軽海峡を半ばまで過ぎると青函連絡船の東日本フェリーとすれ違いました。この時間では「ばにあ」ですね。思ったよりも小さく感じました。20時30分の定刻通りに「すずらん」は着岸しました。苫小牧東港は田舎だというのは着岸前からわかりました。港周辺は照明がちょっと明るいのですが、それ以外は真っ暗。それに対して苫小牧港だろうと思われる方角はどこまでも明るかったです。なぜにこんなところに港を作ったのかは不思議ですが、高速道路が近いということを考えたら妙に納得できるかもしれませんね
十勝産の豚丼 風車だらけの竜飛岬 函館をめざす「ばにあ」
 下船後奮闘記
 下船して苫小牧駅へのバスのはずですが、人数が少なすぎるからかタクシーの相乗りになりました。徒歩で乗船した徒歩客は結局7人で、タクシーを2台で分乗、うち1人は知人の迎えだったようです。タクシーでも送迎バスと同じく700円でした。

 さて、出発「さらば『すずらん』!!」と思ったのも束の間、内心で「おおおおお・・・」と叫ぶくらいスピードを上げました。スピードメーターをこっそり見ると80kmをオーバーしています。制限速度をはるかにオーバーしているわけですね。しかも周りは真っ暗で道を外さないのかなと心配するくらいです。もちろん信号は苫小牧の中心部までありませんから飛ばしっぱなし、踏み切り直前でブレーキもすごく、、、中心部に入って片側4車線でも飛ばしまくり、急に近道のために住宅街の脇道へ入っても60km近くで飛ばし続け、苫小牧駅に到着して「助かったなあ」と思ったくらいです笑。ちなみに所要時間は20分、バスだと40分ということなのでそのスピード違反さがわかると思います。。。

 すごく早く着きすぎましたので、札幌への電車もまだまだ余裕という時間なのですが、遅れることを見込んで今日は苫小牧で宿泊する予約をしていたんですよね。こんなに早いんだったら札幌を予約しておけばよかったのに。。。タクシーを恨んでも仕方がないので、21時すぎの苫小牧駅はやや閑散しているなあと思いつつ、また、周辺のお店も早々と閉まっていて田舎だなあと田舎であることを実感しつつ、今夜の宿泊地である「苫小牧プリンスホテル」に向かいました。

 ところで夕食は駅周辺で取ろうと思っていたのですが、前述の通り全部閉まっていまして、仕方がなくコンビニに頼ることになってしまいました。こんなことになるのだったらフェリーで済ませておけばよかったなあと後悔しています。田舎は早いのが普通ですが、苫小牧はどっちかというと大きいというイメージがありましたので見事に外れました笑。ところがそのコンビニでさえあまり品揃えがよくありません。定番のおにぎりでさえほとんどありませんでした。仕方がなく弁当を選びましたが、僕はコンビニの弁当は嫌いなんですよね。グルメではないので特に気にしないほうですが、コンビニの弁当だけはどうもおいしくないんです。ですから、コンビニで買う食べ物はおにぎり、サラダ、麺類、パンぐらいです。でも、今夜は何もありませんでしたからやむを得ず弁当を購入ということになりました。

 苫小牧プリンスホテルは窓が東を向いている日当たりが非常に良い部屋でした。そしてさえぎる建物がありません。つまりビルなんかないわけですね。今まで色んな所を旅行してその度にホテルに泊まったわけですが、目の前にビルがないのは初めてです。あとは目の前にローソンがあることですが、僕がコンビニで買ったのは途中のサンクスでしたけど品揃えはどうでしょう?ただ言えることは意外とコンビニが多すぎるなあと思いました。しかも駅周辺ではなくて。。。部屋の印象は特にというわけではなくて普通の客室でした。地元新聞の「苫小牧民報」のすごい地元一辺倒記事に感心しつつ、テレビも2時くらいまで粘って北海道限定番組を見て就寝しました。

 翌朝、のんびり起床したはずなのにチェックアウト早々駅までダッシュしていました。電車の本数が少ないのですから、1本の遅れで今日の観光地である「北海道開拓の村」への接続バスに不安があるんですよね。バスは新札幌駅から乗車するのですが、以下の表のようにスムーズに接続できるかどうかが変わります。

苫小牧発 新札幌着 新札幌発バス
8:11 9:20   
8:36 9:35 9:50
9:27 10:20 10:20
10:08 11:10 10:50

 このように、本当は苫小牧駅の撮影と駅のスタンプ押印をしてからゆっくりと乗車したかったのですが、のんびりしすぎてダッシュする羽目になり、8:36に乗車しました。もしも次の便に乗ると新札幌駅に到着と同時にバスも行ってしまうことになります。そして次の便を待つと当初よりも1時間のロスということですね。

 周囲にはまだ雪が残っている時期だというのに、苫小牧駅までダッシュ、半ば駆け込み乗車状態でギリギリ乗れました。北海道の普通電車の特徴としては1車両に客室が真ん中から2つ分かれ、乗降口が3ヶ所あり、そして防寒のために車内にも客室への扉もあります。JR九州のハイパーサルーンみたいな感じですね。ダッシュして乗り込んだ僕は、息を整えるためにデッキに立ったままで客室には入りませんでした。外を見るとさすが北海道らしく自然が残ったような風景が広がっていました。それでも苫小牧から札幌まで1時間半の通勤・通学圏内ですから毎日、自然と都会を往復していて羨ましいなあとは思うのですが、やっぱり観光客だから言えるセリフであって、地元の方からは自然の恐ろしさを知らないなあと思われることでしょうね。

 ちなみに北海道入りしてからの気温は5度。近畿はすでに15度を越えていますから、10度以上も気温差があるわけですね。2週間前に今冬は卒業したジャンパーを再び出すということは何とも。。。荷物は少ないのにこのジャンパーを入れるためにドラムバッグを担ぐのも。。。春と秋の旅行は本当に服装で悩みますね。

寝具はサラサラでした 客室からの眺望 南千歳駅までこんな風景
 開拓の村&2大定番
 新札幌駅に到着。札幌に「新」が付くくらいだから大きな駅かなあと思いましたが、一応は大きな駅でした。ただ、「新札幌」というと将来北海道新幹線が札幌まで延びたとき、新大阪駅みたいに新幹線が札幌駅まで乗り入れるのではなくて、新札幌駅が終点かと思ってしまいました。逆に言うと「新札幌」と名づけた理由が知りたいですね。(執筆した後日に駅名の由来という本で調べたところ新札幌駅は「副都心」だそうです。)

 さて、改札口前のコインロッカーでドラムバッグを預け、身軽な状態でバスに乗り込み、一路「北海道開拓の村」へ。と、バス内を見渡すと圧倒的に年齢層が高すぎます。。。僕よりも30歳以上の方々が満席になるくらい。。。しかもそれぞれのバス停に到着しても誰も降りない。。。疑ったまま全員が「開拓の村」に到着しました。「なんだなんだ。ツアー客か?」と思いましたが、驚くべきことにその全員が改札を素通りして村に入って行きました。改札口の係員さんも軽く会釈をしていましたので恐らくシルバーボランティアとかそんな感じだと思います。

 気を取り直して「開拓の村」を散策。村の中には開拓時代からの住居や学校などが移築または復元されています。細かいところまで復元されていますので、建築関係の方にとっては勉強になるのではと思いました。建物に関しては別館『きまぐれ写真館』にて全部アップしていますので、こちらでご覧ください。

 昼食は食堂にて「屯田兵定食」なるものを頼んで見ました。よく考えると北海道に入ってからろくなものを食べていませんからね。内容は芋もち、豚汁、田楽、おにぎりと味が濃い食べ物ばかりでした。実は僕は田楽は苦手なんですよね。味噌はやっぱり味噌汁にして食べるのが一番美味しいのであって、直で食べるとなると・・・そしてこんにゃくが異様に柔らかすぎますので残してしまいました。でも、豚汁に芋もちは特に美味しかったです。で、この食堂での出来事なのですが、食堂に入ったときは僕1人だけで「やっぱり人気がないなあ。。。」と思いつつ、定食が出来上がるのを待っている間、旧開拓使本庁舎(ビジターセンター)からご老公さんがぞろぞろと。。。しまいには200人ほどある椅子をほとんど埋めてしまいました。静かな食堂が一転騒々しくなったわけですね。行きのバスでもご老公さんで大混雑ですからある意味不思議な体験をさせてもらいました。

玄関の「旧札幌停車場」 馬車鉄道(冬は馬そりになります) 好みが分かれる「屯田兵定食」
 13:45に開拓の村を出るバスにて後にしました。この後の予定は決まっていませんでしたが、とりあえず新札幌駅に戻ることにします。それにしても開拓の村周辺は家が少ないせいか何となく広々としていて自然だなあと感じました。

 新札幌駅に到着して少し周囲をふらふらした後、結局は地下鉄を使って中心部に向かうことにしました。大通駅で降り、地上に上がりますとさっぽろテレビ塔がありました。そういえば過去2回札幌に来ていながら1回も登ったことがなかったので登ることにしました。

 地上90mから見た札幌市街は、大通公園の片隅に雪が所々残り、その先にある大倉山ジャンプ台はまあまあ残っているようでした。ここから観戦できるか?と言われたら下写真通りで無理な距離ですね。ジャンプ台自体は見えるんですが、ジャンパーが飛んだかどうかまでは難しいでしょう。
 ちなみにここでは「テレビ父さん」なるグッズが売られています。人気キャラクターらしいのですが、正直あんまり買いたいというような気持ちが起きなかったですね。。。

 続いては札幌時計台。これも2回行きながらいずれも外観を撮影しただけでした。そしてよく聞かれたのが「中に入れるん?」ですね。札幌時計台って中に入れないと思っている人が多いような気がします。というわけで入ってきました。答えは下写真の通り、2階が講堂みたいな感じになっています。1階は展示コーナーになっていました。

 以上で、札幌観光2大定番に初めて入ってみましたが、軍配は札幌時計台に上がりました。理由はやっぱり歴史的な重みを感じるという意味では時計台の方がいいですし、さっぽろテレビ塔は展望することを考えたら今では札幌駅に地上160mで360度パノラマ展望のJRタワーが出来ましたから、料金が若干安いことと全国的な知名度の高さでしかJRタワーには勝てないと思います。でも、東京タワーをはじめ、全国のタワー巡りでは欠かせない存在だと思いますので登る価値はあるでしょう。

副都心「新札幌駅」 テレビ塔から「大倉山ジャンプ台」 内部は講堂の「札幌時計台」
 いざ初フライトへ
 時間が迫ってきましたので札幌観光は終わりとし、初フライトとなるべく新千歳空港に向かうことになります。お土産は新千歳空港で調達することします。なぜならば札幌駅での最大の弱点はお土産屋さんがないことですね。お菓子とか食べ物系はまあまああると思うのですが、置物とかはあまりないんです。北海道最大の駅がこれでいいんかなあと思いつつ。。。
 札幌駅を16:25に発車する快速「エアポート162号」は新千歳空港駅に17:01に到着します。18:30発まで90分以上の余裕があるわけですね。ところでこのエアポート162号は始発駅は小樽ではなくて旭川です。つまり、旭川〜札幌を「スーパーホワイトアロー」という特急だったわけです。そして、300円払っての指定席。「スーパーホワイトアロー」にはグリーン席がなく、指定席が「Uシート」という名称のちょっと豪華な座席になっています。36分と短い乗車時間でしたがもっと乗っていたい気分でしたね。

快速エアポート162号 2つの列車を兼ねています 快適な「Uシート」
 新千歳空港は北の大地である北海道の玄関口ですね。青函トンネルで陸続きとなったとは言え、羽田〜新千歳は45往復便もあります。将来、計画中の北海道新幹線が札幌まで延びたとしてもこの便数は減ることはないと思います。

 改札口を出てJALの自動チェックイン発券機に向かいました。運賃はすでに振り込んでいますから、やっとマイレージカードが役立つ日が来たわけですね。5年くらい待たせたでしょうか笑。とりあえず差し込んでみましたが、カウンターにてもう一度お願いしますとのこと。やっぱりバースデー割引は搭乗者が誕生日を迎えているかどうかはさすがに直接カウンターに行かなければならないんでしょうね。ようやく搭乗券を手にしましたが、大きいですね。記念に取っておくにはちょうどいい大きさだと思いました。次は手荷物を預けに行きます。ここでやっとドラムバッグが役立つ番です。この瞬間のためにもバッグを多く持ってきたんですからね。預ける前に「白い恋人」やら「マルセイバターサンド」のお土産を買っておきましたので、コートはもちろん防寒用の上着も脱ぎまして近畿用の服装に変えた上、機内では必要のないものを全てバッグに詰め込んで預けました。クレームタグをカウンターで受け取った後「(何もかも)思ったよりも早かったなあ」が感想でした笑。

 搭乗開始まで残り1時間ほど余りました。その時間は、自分用のお土産さがしと夕食を取るかどうかにします。さすが空港。お土産屋さんはお菓子、置物はもちろん海産物までありすごく充実しています。札幌駅でもこれくらい充実していたらいいと思うんですよね。お土産探しで苦手なのは置物ですね。何がいいのか難しいんです。ぐるぐる回って回って。。。時間がなくなりましたので夕食は「空弁」にすることにし、いくら・たらばがに・さけの「石狩鮨三昧」にしました。

 いよいよ搭乗すべくセキュリティチェックへ。ここまでは関空とか伊丹でも見ていますのである程度、空港という雰囲気を味わっていますが、それよりも向こう側は未知の世界が待っています。そう思うとドキドキ感が増してきました。
 「なになに?金属類は外してこのケースへ入れてください、だって」と、書かれていたイラストを参考に、鍵・携帯電話・腕時計・財布を入れました。イラストには他にもベルトがあったのですが、周りのスーツのビジネスマンを見る限りは外さなくてもよさそうなので外しませんでした。でもよく見ると時計も外していませんでしたね。というわけで僕は外しすぎたみたいです笑。セキュリティも無事に通過し、のどが渇いたのでお茶を買いました。機内で空弁を食べる際に飲み物がなければ困りますからね。ガラス越しにたくさんの飛行機が見える広すぎるロビーのベンチでしばし落ち着き、搭乗開始時間になりましたので10番ゲートへ。改札機に搭乗券を通し、出てきた搭乗券にあんぐり。。。大きさが3分の1くらいになってしまっていました、、、まさか切り取られるとは思っていませんでしたが、搭乗券を良く見ると「切り離さないでください」の文字が。。。切り取られた(回収された)方の搭乗券には情報がたくさん載っていましたので残したかったのに。。。こうなるのだったらせめては写真に収めておくべきでしたね涙。

 記念すべき初フライトはJAL2016便の新千歳空港発伊丹空港行です。使用機種はボーイング747−400、通称「ジャンボ」ですね。その2階席の72A席つまり左舷窓側席でした。飛行機の窓って意外と分厚くて小さかったんですね。
 周りはいかにも出張帰りといった人が大半で、観光客は僕と夫婦客の3人くらいでした。でもかなりすいていましたので、各列3座席に1人といった程度でした。その2階席の前半分は誰も座っていませんでしたので、何のためなのかわからず不思議でしたね。

 とりあえず落ち着きましたので新聞を読むことにします。2階に上ってすぐの時、前の人が機内サービスの新聞を手にしていきましたから僕も新聞を手にしておいたわけですね。読んでいくと「ん?!」と気づくとそれは福岡版でした。予想するに、福岡からスタートして東京か大阪にまず飛んで新千歳に来たあと、今日の最後は伊丹行きなんだと思います。1日で日本を縦断するというスケールのでかい移動距離ですね笑。
座席から見た新千歳空港 自分用のお土産
 いよいよ離陸時間が来ました。緊張も最高潮に達し、座席の背もたれを戻してベルトも確認。携帯の電源はとっくに切ったし準備OK。客室の照明は暗くなって滑走路に移動。心臓の鼓動も増えてきて手に汗を握り始めました。
 「ガクン!!」と衝撃があったと同時に心の中で「オオオオ・・・」と叫ぶくらいすごい加速力が出てきました。まるでジェットコースターに近い感覚でしょうか。「無事に離陸してくれ。。。」とやがて上に傾きました。しばらくすると雲をつき抜け、5分後に苫小牧の石油コンビナート群が見えたのを最後に雲の上に出ました。
 離陸する30分間は耳が痛かったですが、水平飛行に移ってから痛みも治まり始めました。右舷側の窓を見るときれいな夕焼けが見えました。新千歳空港では曇っていて空は見えなかったのですが、飛行機は本当に雲の上を飛ぶんだなあと実感しました。

 水平飛行に移りましたのでベルト着用のサインが消えましたが、最近はよく事故が起きていますから念のためにベルトはそのまましておくことにしました。スチュワーデスというか今ではキャビンアテンダントというんですね。キャビンアテンダントさんが飲み物を聞きに来ましたので、とりあえずコーヒーを頼みました。では空弁を食べましょう。まさか飛行機で食べるとは思っていなかったんですけどね。コーヒーは食後にすることにしまして。弁当のフタを開けようとしたその瞬間、キャビンアテンダントさんが紙おしぼりを持ってきてくれました。何もお願いしていなかったのに驚きつつ、そして「スープを飲みますか?」と聞かれましたのでお願いしました。まだコーヒーすら飲んでいないんですけど。。。「はっ!!こんなに飲み物をくれるのだったらお茶を買う必要がなかったな」と気づいてももう遅いです笑。石狩鮨三昧は1500円とちょっと高いのですが、非常においしかったですね。やっと北海道らしい海産物を口にすることが出来ました笑。食後のコーヒーはおいしいものですね。この時点で生涯で最も高いところで食事をしたことになりました笑。

 約2時間のフライトはちょっと長いですね。本当はこの飛行中にパンフレットやデジカメの整理や本を読もうと思ったのですが、ドラムバッグの中に入っていて預けてしまっていますので、機内誌を読みながらボーっとするほか方法がないです。と、またキャビンアテンダントさんが「飲み物はいかがですか?」と聞かれましたのでりんごジュースをいただきました。何となく断りにくいですよね笑。
 離陸してから90分を過ぎた頃、急におなかがおかしくなりました。このまま我慢しているとダメだと思いますので、トイレに駆け込みました。汚い話で申し訳ないのですがガスがたくさん。。。気圧が急激に変わったりしたので体がびっくりしたのでしょうか?

 そして着陸まで30分になった頃、再び耳が痛くなり始めました。離陸する時と比べて痛さは持続する感じで苦しかったし、軽い冷や汗も出てきましたので、機内誌を読んだりすることはやめて安静することにしました。それでもずっと痛さはやむことはなく次第に不安になり始めました。また、時々機体が小さくガタガタ震え始めましたのでドキドキも再びやってきました。

 着陸15分ほど前になりベルト着用のサインが。室内照明は再び落とされていよいよ着陸です。ずっと外を見ていたのですが、分厚い雨雲を潜り抜けるとまず日清食品の工場が見えました。窓が雨にぬれたかと思うと大阪の街も見えはじめ、機内モニターには伊丹空港の照明が近づき始めました。飛行機事故で一番多いのは着陸ですから、こんな雨天で大丈夫かなとちょっと心配でしたが、衝撃もなく無事に着陸できました。停止するちょっと前にキャビンアテンダントさんがやってきて、「このカメラはお客様のですか?」と聞かれましたが、それは本当に僕のでした。「確かちゃんと横に置いていたはずなのにいつの間に?」と驚きましたが、よく考えたら着陸する時は機首は下に傾くのですから、スルスルと前に行くのが当然ですね。最前列にいたご夫婦が一番驚かれたことでしょう笑。でも、なぜ僕のだとわかったんでしょう?やっぱり僕とそのご夫婦以外はみんなビジネスマンですからデジカメなんか僕くらいしか持っていませんでしょうし、あるいは、僕が空弁の写真を撮る場面を目撃していたかのどちらかでしょう。いずれにしろ、サービスのよさというか気遣いのよさが非常に良くていろんな意味で思い出に残る初フライトでした。

 2〜3分ほど早く着いたのですが、フェリーで20時間のところを2時間で北海道から帰ってきたのですから飛行機の速さはすさまじいものだなと実感しました。親に伊丹に到着した旨のメールをしたら「もう着いたん?早いなあ」と親も驚く早さでしたね。

 乗客の皆さんはさっさっさと早足で出て行きました。もうちょっと余韻に浸っていたかったんですけど笑。建物に入るとそこは出発ロビーでした。「へえ、出発ロビーと到着ロビーは一緒なんだあ」と思いつつ、手荷物受け取り場がわからないのでやはり早足でついて行きました。やがて1階に下りる階段にさしかかり、そこではこのゲートを越えると再び戻ることができませんとの注意書きが。もうちょっと飛行機を見ていたかったのですが、こうしているうちに手荷物が。。。と気になりましたので1回だけ振り向いてさっと降りて行きました。手荷物受け取り場では新千歳からだけではなく、仙台や松山などからのお客さんも一緒に待っていました。でも新千歳の札幌が一番遠くて、憧れの地だと言うイメージから観光し甲斐があると思いますのでちょっと威張り顔でしたね笑。

 10分ほど待つとターンテーブルが動き始め、僕のバッグは10番目くらいに流れてきました。そんなに早いとは思わなかったので、背中に多くの視線を感じました笑。ゲートでクレームタグを渡して自分の荷物だと確認してもらった後、さて出るかと思ったらバッグについていた札を取られました。「えっ?」と思った理由は、僕にとって飛行機帰りのカバンやバッグには札が付きっぱなしというイメージがあり、それが記念の1つになるのだなあと思っていたわけですね。僕も記念にしようと思っていたので、搭乗券に続いてまた凹みました笑。

 建物を出ると目の前にはリムジンバス乗り場になっていました。便利ですね。周りを見るとこれまた皆さん急ぎ足でバスに乗り込んで行っています。まあ時間が21時に近づいていますから早く帰りたいんでしょうね。僕も明日は仕事ですから早く帰りましょう。というわけで、三ノ宮行きの満席のリムジンバスに乗り込み伊丹空港を後にしました。三ノ宮から電車に乗って家に帰り、敬礼ポーズをとって「無事帰還しました」が第一声でした笑。
 そして現在、搭乗券は財布の中に携帯し、会う人会う人に年賀状やHPに宣言したとおりに飛行機デビューしたと搭乗券を見せながら言いまくっているのでした笑。
豪華な「石狩鮨三昧」
 終わりに
 「高速クルーズ&初フライトの北海道旅」と名づけた今回の旅行。しかし、URLのように北海道よりも飛行機に乗ることのほうが一番の目的でした。つまり、那覇でもよかったわけですね。しかし、長年の乗らず嫌いに往復飛行機は酷だということで片道だけにしたわけです。そして今回の初飛行機は色んな不安はありましたが、キャビンアテンダントさんのオーバーすぎるくらいの気遣いで、また乗ってみたいなと思うくらい快適な飛行機デビューでした。でも、飛行機はやっぱり高いですね。鉄道網が外れている地域では利用すると思いますが、その分遠くなりますから必然的に高くなり普段ではあまり使い道がないかと思います。それでもまた乗ってみたいという思いは次第に増して行くことでしょう。

 そして高速フェリーこと新日本海フェリーの「すずらん」。シーズンオフだからかもしれませんが、徒歩客が非常に少ないことが気になりました。恐らくは深夜発夜着というトラック重視のダイヤに苫小牧東港という市街地からの不便さが徒歩客を遠ざけているのかもしれません。それでもスチームサウナはこんなに少なくても営業していましたし、売店も終日営業していました。トラック重視の便であっても徒歩客も楽しんで欲しいのだと思います。しかし、このダイヤの悪さを解消できればもっと使いやすくなると思います。昼間航海が長くてこんなに静かだと暇なので映画を上映するとかそういうイベントが欲しいと思いました。

 3度目の訪問となった北海道。札幌にも3度目ということになります。3回も来れば札幌市内での観光できる場所というのはすごく減るもので、今回の観光地選びにすごく悩みました。結果として出発前日に北海道開拓の村へ行くことに決め、札幌観光当日になってからさっぽろテレビ塔と札幌時計台に行くことに決めました。やっぱり実感することは次に北海道に来た時はきっと札幌を歩くことはないだろうなと思いました。

 今回はビデオカメラを持っていったわけですが、どうもファインダー越しで見ると普通にガイドブックで見ているような感じと変わらないような気がしました。それでも思い出を作ることが出来たと思いますが、あまり夢中になりすぎないほうがいいかなと思います。なお、このページの写真の一部はビデオでの画像を取り込んでいます。
 記録といえば初フライトなのに飛行機系の写真はあまり撮っていなかったことに気づきました。本当は座席を撮影しようと思ったのに忘れていました。まあ、外の景色を撮ろうと思ってもすでに夜ですから下は何も見えず、また、狭い客室ですから撮りづらかったという面もあったと思います。








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