×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

HPトップ>ひとり旅旅行記>沖縄・日本一周グランドフィナーレの旅

沖縄・日本一周グランドフィナーレの旅(2006年2月7日〜8日)


 はじめに

 沖縄県を除く46都道府県のJR線による日本一周達成から4年。残された沖縄はいつになっても行けないままでした。理由はただひとつ、飛行機に乗れないことからでした。あの鉄の塊が空に浮くというのはどうしても考えられなかったわけですね。その恐怖心も昨年の「高速クルーズ&初フライトの北海道旅」にて克服できたような気がします。
 飛行機に乗れるとわかってから沖縄へ行く機会をうかがっていましたが、相変わらず職場の連休の都合に、飛行機代という高額な旅費、そして台風シーズンを避けるという3つの問題からなかなか実行する事ができませんでした。

 そして2月シフト発表があり、この間に連休が3度もあるという非常に珍しい月間となりました。でも、3度とも旅行に行くと旅費は一気に膨れ上がりますから1つだけに絞り、行き先としては「沖縄」か宮崎カーフェリーにて「宮崎」かの2つに絞られました。
 宮崎は貝塚航路のフェリーを試し乗りしたいという理由もあります。しかし、この時期、優先すべきなのは台風の心配がない沖縄でしょう。
 そういうわけで沖縄ということになり、そして真の日本一周が完成することになります。

 出発までに
 目的先を決めるとまず実行するのは移動手段である飛行機です。
 飛行機代の方は、当初は旅行会社の宿泊パックを利用して安く行くつもりでしたが、搭乗の21日前までに予約をするJALの「前売り21(3月搭乗分をもって廃止)」を利用し、ホテルもそれなりに安いところを選ぶと、宿泊パックよりも2000円程度安くなるとわかりました。宿泊パックの安さは魅力的ですが、これだと好きな座席を選べないですし、ホテルも直前になって別のホテルに変更したいなどの融通が利かない制約がありますからできるだけ利用したくはなかったんですよね。その結果、飛行機代は往復で3万3000円に宿泊費が5300円程度でした。結果としては宿泊パックとは1000円程度くらいで差がなくなりましたが、出発便によってさらに割り増される不利さや座席を自由に選べることを考えればもっと安くなったと思います。まさに善は急げですね。
 もちろん最初に大阪南港から有村産業、あるいはマルエーフェリーを利用する方法も調べましたが、いずれも運航日でなかったために断念しました。

 飛行機とホテルの予約が済むと今度は沖縄情報の収集です。
 実は僕は沖縄の地理は全く分かりませんでした。そのため、図書館で沖縄県の地図を借りることから始まりました。僕の旅行というのは常に頭の中で地図を描いていますが、その描き方というのはJR線に沿って、ここには何市の何駅があって目的駅までいくつの駅を通過するのかなどを叩き込むわけですが、沖縄県にはJRはないため、今までのやり方とは全く異なるわけです。ですから、沖縄県の場合はここには何市があるかなどから始めました。今回の目的地としては首里城、ひめゆりの塔の2ヶ所を重点にしましたので、そこから周辺の地理とかを頭に入れるところから始まります。中には行く事がない近隣の土地まで入れます。なぜならば、万が一バスに乗り間違えたりすると、戻る時に場所が分からないと困るからです。それにバスというのは方向幕の終着バス停表示から判断しますから、特にその間のバス停名なども知っておく必要があります。これが僕のやり方なんですが、そこまでする必要があるかと笑われそうですね。

 沖縄の地理を一通り覚えると、次は観光地の情報収集に入ります。沖縄に行く理由としては忘れては行けないのが、太平洋戦争沖縄戦跡です。沖縄戦跡は色々あるのですが、「ひめゆりの塔」は欠かせないでしょう。そして、城巡りファンとしては首里城も入れました。すると本島の地理的には南部に集中していますね。今回の旅行は1泊2日なので、どちらかを1日ずつ巡れば良いなと思いました。
 飛行機のスケジュールは7日の13時半に到着し、8日の17時半に沖縄を発つことになっています。17時半に発つとは言えども、2時間くらい前に沖縄空港に戻る必要があります。
 本土とは違う沖縄での注意点は「バス」に尽きます。色んな情報から沖縄のバスは渋滞が激しいだとか、本土とは乗り方が違うだとか聞いていました。バスに失敗すると予定通りに周れない恐れが出てきます。その点を僕は一番に注意し、沖縄に姉がいる友人だとか、沖縄経験が豊富な久しぶりの人とかに聞いてみたりしました。そういえば僕は今まで旅に関して迷っても、自分で解決していくので相談することはほとんどないのですが、この時ほど色んな人に相談したのは初めてでした。
 結局は13時半に到着して、それから南部に向かうには時間が足りなすぎますし、「ひめゆりの塔」だけではなく「平和祈念公園」にも寄っておいたほうが良いと思ったのでなおさら時間が足りなくなり、バスが遅れる恐れがあることを覚悟した上で2日目に南部に向かうことに決めました。

 なお、バスの時刻調べなどに「美ら島交通ナビ」というサイトを活用させていただきました。これを利用すると途中バス停の通過時刻がわかりますので、乗車時に比較して万が一遅れるような事があれば1本早めに出るなど代替策を練ることができます。

 バスに関して色々と心配があったのですが、あとは野となれ山となれ・・・・で、出発前夜の就寝直後まで調べて踏ん切りをつけました笑。

 さあ沖縄へ
 沖縄へは関西国際空港から飛び立ちます。出発時刻は11:20のJAL2573便です。伊丹空港から乗るともっと早く出発できるのですが、沖縄へ行く時は関空から行きます、と空港で働く先輩に前から言っていましたから有言実行というわけですね。こういう条件からダイヤによると早すぎずちょうど良い時間に出るのがこの便でした。というよりも、JALの沖縄行き初便です笑。ちなみにANA便だと8:50の次が13:00になりますからいくらなんでも遅すぎますね。そういうことで今回もJAL便ということになりました。

 関空へは三ノ宮駅前からリムジンバスにて向かいました。出発は9:00です。伊丹空港行きは多かったのですが、関空行きはそこそこでした。でも、荷物が大きいのはさすが国際線ですね。一番前の座席に座り、関空までゆっくりしました。やっぱりUSJだとか南港フェリーターミナル付近を行く時は楽しいものですね。また途中の貝塚港付近で宮崎カーフェリーの「フェニックスエクスプレス」を見ました。ひそかに僕が乗るまで消えないでおくれと祈っておきました。
 リムジンバスは渋滞に巻き込まれることもなく定刻よりもちょっと早めに到着しました。
リムジンバスにて関空へ
 関空に到着するとまずは自動チェックイン・発券機から搭乗券を手に入れました。前回の飛行機デビュー時はバースデー割引を利用しましたのでこのまま発見は出来ず、カウンターで係員に免許証を見せるわずらわしさがあったのですが、今回はそういう必要もなくすんなりと発券とチェックインを済ませられました。やっぱりこれは早くて便利ですね。ついでに帰りの搭乗券も発券しておきました。

 出発まで1時間以上もありますのでとりあえず荷物を預けました。機内持ち込みの手荷物はトートバッグのみという、僕としては非常に身軽な装備になりました。トートバッグの中身はるるぶ・筆記用具・メモ・はがき・カメラなどですね。
 荷物を預けると3階のショッピングコーナーに向かいました。昨年の「関門海峡冬の旅」にて、前連絡なしで突撃訪問をしたのですが、残念ながら今日は居ませんでした。。。まあ休みのない空港ですからシフトが合うというのは難しいかもしれませんね。仕方がないので、2〜3日前からのどが痛くなり、咳も出ていましたので薬局にてトローチを購入し、セキュリティゲートへ向かいました。

 出発ロビー内ではさすが国際線空港らしくすごく広い光景が広がっていました。そして最強の空港ビューポイントですね。迫力のある発着シーンをゆっくり見ることができるのは出発ロビーくらいではないでしょうか。でも、ゆっくりとは言いながら20分後には搭乗していますのでもったいないですよね。。。そう言いながら、この僕もあっという間に搭乗していました笑。

 さて、今回利用する飛行機の機種はB767−300です。ちょっと小ぶりな飛行機ですね。というよりも、標準タイプでしょうか?そして座席は19K。つまり、右翼の前方付け根の窓側です。最初は左翼側に予約をしていたのですが、とある情報により右翼のほうが機窓からの景色を楽しめるとのことだそうです。なぜ前夜に出発して時間を有意義に使うようなスケジュールを組まなかったのかというと、景色を楽しみたかったからですね。夜に出発すると何も見えずに真っ暗でつまらないからです。そういうことで19Kにしたのですが、非常に危なかった点がひとつ。前後席、つまり18Kや20K席は窓がないんです。正確には18K席は座ってかなり後ろ気味に窓があります。このように1席おきに窓がある席とない席を繰り返しているようです。今まで全ての座席に窓があると思っていましたから、これから飛行機に乗るときは注意が必要ですね。
広い出発ロビー 航空機の発着も迫力あり B767−300 窓がない20Kの座席
 それではいよいよ離陸になります。これから2時間の空の旅。今日の天気は上写真の通り雲が多い日でした。機窓からの眺めはちょっと期待できないかもしれませんが、沖縄へ行くにつれて晴れるみたいなので楽しみにしましょう。沖縄那覇空港までの機窓の眺めとかをメモ書きしておきまして、後日に写真を元にどこを通って行ったのかを下にあげます。

11:38・・・飛行開始(離陸)
11:44・・・雲の上へ
11:51・・・シートベルト解除
12:14・・・太平洋へ
12:27・・・宮崎県日南市大島付近を通過
12:43・・・屋久島上空を通過
13:23・・・沖縄本島を通過開始
13:30・・・降下開始
13:36・・・急降下
13:40・・・着陸

 こういう感じでした。機内ではパシャパシャと景色の写真を撮ったり、喪中はがき返しとして余寒見舞いを書いたりしていました。ちなみに今日の空弁は「柿の葉寿司」でした。関空は意外と空弁がないみたいなので注意してください。。。(ガックシ)
 機窓からの眺めを以下にて掲載します。機窓からの写真が掲載されているHPは意外と少ないと思いませんか?
離陸前の光景 ・・・の40分後 青い空と綿菓子のような雲
ちらりと見えた四国のどこか コーヒーブレイク 屋久島上空(12:43)
名護市上空(13:23) 金武岬付近(13:26) 平安座島の石油基地(13:27)
 13:27の沖縄石油基地を通過後、降機体勢に入りましたので着陸までの写真は撮れませんでしたが、降機ルートとして沖縄本島は名護市上空を通過後、金武岬付近で再び海に出た後、喜屋武岬沖をぐるりと周って南から那覇空港に着陸しました。なお、平和祈念公園から見える風車は機窓からも目立ちました。したがって、風車が見えたら平和祈念公園沖を通過しているということになります。
 沖縄が近づくにつれて海の色はきれいになっていくのが印象でしたね。沖縄本島に近づいてからも次々と変わっていく光景に誰もが目を奪われていまして、朝便の飛行機に乗って本当に良かったです。
 めんそーれ沖縄
 無事に沖縄那覇空港に到着。暑さは・・・まだ空港内では実感できませんでしたが、関空で荷物を預ける際に厚手のジャンパーは預け、薄手のジャンパーに着替えておきました。そのほかは、普段よりもセーターがないくらいの服装で沖縄に降り立ったことになります。今日の予定は首里城周辺観光です。その前に不用な荷物を預けたいので、今夜の宿泊地の最寄り駅である「県庁前」駅に向かうことになります。

 さて、沖縄都市モノレール「ゆいレール」。那覇空港駅〜首里駅で13km15駅27分で営業しています。中心部の慢性的な渋滞を解消するために建設され、03年8月10日に営業開始されました。これで全国で鉄道がない都道府県が解消されることになりました。車両は2両編成と短めの小さな鉄道です。最近のモノレールでは定番になっているホーム可動安全柵などバリアフリーは整っていました。ただ、ホームの狭さが気になりましたが、混雑している場面に遭遇しませんでしたのでこれくらいがちょうど良いのでしょう。

 那覇空港駅で1日乗車券を購入し、県庁前に向かうことにしました。沖縄だなあと感じたのは、いきなり自衛隊基地があったことですね。那覇空港は自衛隊と共用とはいえ、戦闘機とかを初めて見ましたね。
 県庁前駅で一旦下車し、コインロッカーに荷物を預けた後、首里駅に向かいました。車窓からの眺めはだんだんと民家が多くなり、沖縄らしい建物があちこち見られました。そしてこの時すでに沖縄はもう本土とは全然違う小さな外国だなと実感していました。県庁前駅から15分後首里駅に到着しました。
ゆいレール
 首里城観光へ
 首里駅に到着したことによってゆいレールを完乗し、歩いて首里城に向かいました。那覇空港で着ていた薄手のジャンパーはゆいレールに乗っている間に汗が噴き出して来ましたので、県庁前駅のコインロッカーに預けました。服装としては3月下旬〜4月上旬並みの格好になったと思います。首里城まで歩いて向かうことにしました。歩くと生暖かい風が顔に当たり、時々涼しい感じになってきました。途中でアイスクリーム屋さんの前を通りましたが、修学旅行かどこかの学生さんで盛況でした。それくらい2月なのにアイスクリームが欲しい感じなる気温だったんですね。そういう僕も歩いていくうちに暑くなり腕をまくるほどでした。この時の気温は16度でした。この日の明石市を出発した時の気温は5度でしたので、10度差もあるということですね。どおりで暑く感じるわけですが、行き交う人を見ていると半袖からマフラーまでと色んな服装の人がいました。さすが沖縄。服装が一番困る時期に来たものですね笑。

 首里城に到着する前に鎌倉にある円覚寺を模したといわれている「旧円覚寺総門」と「弁財天堂」を訪れておきました。ただ、どちらも沖縄戦で破壊されて1968年の復元です。
 そういえば鎌倉。。。行かないとダメですね。。。
旧円覚寺総門 弁財天堂
 上記2つのすぐ上隣に首里城があります。そのまま入城しても良いのですが、その前に「守礼門」を見ておかないとダメですね。守礼門も入城門のすぐ近くにあります。

 守礼門は不名誉ながら「3大がっかり」のひとつにあげられています。その他のがっかりは「札幌時計台」と「高知はりまや橋」だそうです。この2つの共通点は「小さい」ことにありますね。もしも札幌時計台が大きかったら、もしもはりまや橋が長かったら。。。1級観光名所なのに、期待はずれの小ささだとがっかりすると思います。さて、この守礼門の場合は・・・えっとこれを門と呼んでいいのかどうか?というのが感想でした。門というのは周りを塀に囲まれての出入り口的な役割を持つと思うのですが、この守礼門は両隣に塀はありませんし扉さえありません。まるで鳥居のようなそんな感じなのですが、歩行者専用道路なので完全に観光地用ゲートと化していました。そういう意味ではがっかりに入るのではと思います。
 そして守礼門は2千円札のモデルになっていますね。いつもながら守礼門と紫式部との関係がわからないんですけど。。。
 ちなみに沖縄戦にて破壊され、1958年に復元されました。
守礼門 ・・・と2千円札
 とりあえずがっかりを感じて首里城内に入ります。沖縄と本土の城の大きな違いはその石垣のきれいさにあります。本土の城は石の積み重ねに所々隙間がありますが、沖縄の城は隙間がありません。つまり、石垣を登るのは非常に難しい積み方をしているんですね。芸術的とも言えると思いますが、どうやって積んだのかが気になりますね。正殿までいくつかの門(←これはきちんとした門でした)をくぐりつつたどり着きました。

 正殿は1989年に復元されました。正殿は本土で言う天主や大広間のように国王がいる主要な建物です。ここもやはり沖縄。真っ赤な建物でした。復元されてまだ17年ということでまだまだきれいでしたね。また、車椅子リフトが正殿にもありますので、車椅子でも観光できるようになっています。さて、内部はというとこれまた赤く、そして造りも初めて見る箇所だらけでした。「城」とは言えども、沖縄と本土はひとくくりにまとめない方が良いと思います。
琉球式の門 首里城正殿 正殿2階(大庫理)
 首里城の観光は思ったよりも早く終わりました。これだと十分に時間があると思いまして、沖縄県立博物館に向かいました。歩いていると風はやはり涼しく感じます。2月に涼しいと表現するのはおかしいなと思いつつ、県立博物館に到着しましたが、運悪く特別展に備えての1週間休館日でした。またですか笑。僕は旅先で博物館が臨時休館日にあたることが多いんですよね笑。まあまた沖縄に行く口実を作れましたのでまた行きます。
 るるぶを見まして、金城町の石畳道というのがあったのでそこに行くことにしました。えーっと、、、長崎のオランダ坂と同じ感想ですか。。。まだまだ時間がありますので玉陵(たまうどぅん)に向かいました。また途中で世界遺産の園比屋武御嶽石門(そのひゃんたきいしもん)を見ておきました。この石門は国王が城外へ外出する際に安全を祈願したといわれており、現在でも多くの信仰者がいるために大切にしてくださいとの注意書きがありました。

 玉陵は1501年に当時の国王である尚真(しょうしん)王が父である尚円(しょうえん)王の遺骨を改葬するために築かれ、その後1920年までの歴代国王のお墓ということですね。琉球王国は1879年に崩壊しましたが、その国王の息子までは従来どおりの方法で葬られたということですね。墓域は2442uとかなり広いお墓で、世界文化遺産に登録されています。

 そしてこのお墓も沖縄戦で大きな被害を受けての改修されています。ここまででわかりますように沖縄戦での被害は非常に大きなものです。首里城に沖縄戦の司令部が置かれ、当然ながらアメリカ軍はこの首里城に向かって攻撃することになります。その結果、全ての建造物はことごとく破壊され、美しい石垣が崩壊している写真も見ました。いくら美しい過去の遺産は戦争によって簡単に壊されていくのだと実感しましたね。
園比屋武御嶽石門 金城町の石畳道 玉陵
 沖縄の城は本土とは違うんだと実感しつつ、また、沖縄戦の被害というのは想像以上だというのも実感しながら首里駅まで歩いて戻ることにしました。ふと教会の庭を見上げると桜の花が満開でした。花の名前は「カンヒザクラ」だそう。この時期に僕が一番好きな花である桜を見られたことが嬉しかったですね。
カンヒザクラ
 沖縄の夜
 首里城周辺の観光を終えて今夜の宿泊地に向かいます。今夜の宿泊地は沖縄イチの繁華街である国際通りに近い「那覇グランドホテル」です。ゆいレール県庁前駅に戻り、そこから歩きます。国際通りの入り口にある「おきなわ屋が目立ちますね。隣にあるベスト電器に入りまして、さっそくデジカメ写真をプリントしようと思ってぐるぐる回ったのですがプリント機はありませんでした。「仕方がないセブンイレブンにしようか」と店を出ましてホテルへ。。。

 ちょっと早かったのですが荷物が邪魔なのでチェックインしました。シングルはBタイプとDタイプがありまして、Bタイプは500円安いけれども冷蔵庫はないんだそうです。また、利用者の声から狭いとのことから、別に寝るだけだから冷蔵庫なんかいらないし安くてもいいかなと思いましたが、せっかくだから奮発してDタイプにしました。ちなみに5775円です。部屋に入るといつものように、まず散らかし(笑)ベッドの上に寝転んでちょっと休憩しました。が、すぐに起き上がり国際通りに繰り出しました。

 とりあえずは夕食を・・・時間は18時半なのでちょっと早いかなと思いましたが、昼食を食べていませんからね。国際通りを歩いていき、「おきなわ屋」本店の2階にある琉球居食屋「おきなわの海」にしました。早速、入店・・・とカウンターの前に座らされまして、メニューを見まして沖縄料理がたくさんある「おきなわの海定食」を頼み、追加でオリオンビール生中で頼みました。さすがにビールは早く出てきますね。初オリオンビールをごくりと・・・味は本土のビールとは全然違いますね。味に疎い人でもすぐにわかります。。。(20分ほど待ち)。。。注文してから作るのでしょうか、料理が出てくるまですごく時間がかかります。その間に、すきっ腹にオリオンビールの僕は若干気分が笑。付き出しがあるとは言えども、酔いは一気に回りますね。やっとでてきた沖縄料理に絶句。量が半端じゃない。。。とりあえず食べ始めましたが、酔いの上に量がすごいので、食べるスピードはすごく遅かったです笑。
 ちなみに内容は。。。
・ラフテー(豚の角煮)
・ジューシー(炊き込みご飯)
・近海魚の刺身
・中身汁(豚の内臓のお吸い物)
・もずく
・ミミガーのピーナッツ和え
・ウムクジ天ぷら(紅芋の天ぷら)?
・他2品にデザートにアイスクリーム(さとうきび、マンゴー、などから1品)
 です。色んな料理を味わえるのはいいのですが、その分好みも分かれる品物がありますから、全部食べるまで時間がかかります。その間に10人以上の学生さん団体が2組やってきては賑わうのですが、前述の通り時間が異常にかかるので30分位してやってきたのもあったのではないでしょうか。と思いつつ、完食に1時間かかりました。アルコールを口にした場合、ご飯物や汁物は最後ですから、すっかり冷めています笑。それにしても中身汁。嫌いじゃないのですが、量も多いのでくちゃっくちゃっとしている間にあごが疲れました笑。気分も最悪でしたが何とかオリオンビールを飲み終え、デザートのマンゴーで助けられた感じがします。会計は3600円。1回の食事では今までで最高額だと思います。それでも「ごちそうさまでした」と言っておきました。よく考えたら90分も店に居たことになりますね。。。
客室に特に不満はありません とりあえずオリオンビール 大盛りの「おきなわの海定食」

 気分が悪いままとりあえず国際通りを完歩します。途中にセブンイレブンを探しつつ、、、見つからない。ええ?!こんなことありうるんかなあと、牧志駅にて電話帳を見ましたが沖縄県にはセブンイレブンがないようです。セブンイレブンがない県もあるんだなあと初めて知りました。仕方がないのでお土産を購入しましょう。とりあえずゆいレール県庁前駅側の入り口までどんなんがあるかを偵察。。。やはり、「ちんすこう」だとか沖縄限定版のお菓子がたくさんありました。そしてシーサーも安く売られていましたので、これは買えるかなと思いつつ、、、明日も空港までの荷物を考えるとあんまり多くは買えませんから、とりあえずは「ちんすこう」などお菓子類だけにすることにしました。

 他にもいいものがないかなと思いつつ国際通りを3往復目笑。さすがに酔いは覚めましたが、時計は22時を指しています。明日は早起きなのでそろそろ帰り時かなと思ったら、「おきなわの海」にいた団体さんがやっと出てきました。ものすごい待たされていますね。。。ローソンで明日の朝食のパンやここでしか飲めない健康ドリンク「琉球王朝秘伝 発酵ウコン」を購入してみました。というのも、これから飲みにいくらしい若い女性はリポビタンよりも発酵ウコンを手にしていったのに驚いたからです笑。

 ホテルに帰りまして改めてお土産類をごちゃごちゃと笑。テレビをつけては「米軍放送」に驚きました。キャスターは軍服姿なのでなおさら。。。新聞のテレビ欄にはないのですが、沖縄県では普通に流されているんでしょうね。ごちゃごちゃしたまま朝を迎えると慌てますので、明日の南部行きに持って行くものとロッカーに預けておくのとを分別して就寝しました。
人気のある「発酵ウコン」 ホテルのサービスです 2千円札の利用を促進していました
 南部戦跡へ
 翌朝は何とか予定通りに起きれましたが、寝汗でびっしょりです。浴衣しか着ていないっていうのに、こんな季節に寝汗をかくって珍しいです。寝るときは実感しなかったのですが、知らず知らずのうちに自分の体の体温調整は難しかったんでしょうかね?ちなみに7日の最高気温が17度、最低気温が13度でしたので、最高気温が9度の明石とは全然違います。そして8日は14度と若干肌寒く感じられましたので、ちょっと厚めに服を着ておきました。

 とりあえずチェックアウトし、南部へのバスが出ている沖縄バスターミナルに向かいます。さすがに朝の国際通りは静かでしたが、まだ8時だというのに開店準備を始めていまして、お土産を求める人はみんなここに来るんだなと思いました。ゆいレール県庁前駅から旭橋駅に向かいます。その前に入場券を購入し、これで全国の県庁所在地駅の入場券を手にすることができました。旭橋駅ではロッカーに大きな荷物を預けてバスターミナルに向かいました。

 ではいよいよバス本番。バスターミナルの乗り場から乗りまして、南部へ・・・と思ったら、中心部に向かってる。。。どうやらバスターミナルの乗り場は2ヶ所あるらしいです。しかし、「バスターミナル」なのに大きな通りを挟んだ側がもうひとつの乗り場が「バスターミナル」というのはおかしいぞ、、、中心街経由で17分の時間ロスしたなと思いましたが心配は無用でした。というのも、時刻表はあってないようなという感じなんでした。手元に時刻表をコピーしてきていますのでわかるのですが、それぞれのバス停をすごく早発して行っているんですよね。結局、9:19沖縄バスターミナル発10:00糸満バスターミナル着は、9:17発9:50頃着でした。そういうことで定時だと糸満バスターミナルにて5分で乗換えで心配でしたが、15分も貯金ができました。ちょっと散策できるかなと思ったのですが、何もないです。。。目の前に自動車学校があるだけですね。海の方面を見ると騒音を立てながら、飛行機や自衛隊機が次々と空港方面に向かっていまして結構こんな近くまで飛行機が飛んでくるんだなと思いました。そしてこの季節にしては生暖かい潮風が気持ちよかったですね。

 10:05になりましたのでバスに乗車し「ひめゆりの塔」へ向かいます。便名が「108番南部環状線(役所2回経由)循環」という長い名前ですが、1日2本しかないんですね。もちろん糸満からひめゆりの塔へ向かうバス便は他にもたくさんあります。南部の路線バスの感想としては本土から来た者にとってはなかなか良い光景が出てきますので面白いかと思います。「ひめゆりの塔」に到着しましたがここで降りたのはわずか3人でした。

 さて、「ひめゆりの塔」・・・すごい人がいました。沖縄本島に来て来ない人はいないでしょう。なので、修学旅行はもちろん、観光バス、レンタカーでここにやってきたみたいですね。無料駐車場の勧誘合戦がすごく、お土産さんも店内でハンドマイクで売りつけていました。正直引くんですけど。。。

 ひめゆりの塔は、太平洋戦争沖縄戦で負傷者の世話等にあたるために沖縄陸軍病院に動員された、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の「ひめゆり学徒部隊」240人のうち、沖縄戦が終結に近づいていた昭和20年6月19日、ガス弾が投下されたために80名が亡くなった伊原第三外科壕のそばに建っています。戦後すぐに建てられ、亡くなったひめゆり学徒部隊の合祀と鎮魂の意味を兼ねています。もう少しで自由になれたというのに、ガス弾で虐殺されたというのはどんなに無念だったことでしょうか。

 そして「平和祈念資料館」に入りました。いきなり目にしたのが「ひめゆりの青春」という言葉。多くが10代の若い人たちなので、この言葉だけでもズキッときました。一生の中で一番楽しいはずの青春時代を戦禍に巻き込まれたとなると、その後の人生でどんなに辛いことを思い出すか。ひめゆり学徒部隊だけではなく、沖縄の10代の人たちは自分たちの島を守るために戦場に向かって行きましたから、その苦しみというのは本土とは全く違うような気がしました。
 実際に目にしたことを字にして告白する「証言」など、資料館の展示物も小さいながらも中身は重いテーマでした。その重さを忘れないように図録を購入し、今後も時々開いて戦争のむごさを忘れないようにしたいと思います。
 しかし、ひめゆりの塔の前で笑顔で写真をおさめるというのはどうでしょうか。この下で亡くなった人がいるというのに。。。でも、平和な時だからこそ笑顔になれるという考え方もあるかもしれませんが、僕にはこういう行動をとる人が納得できません。

 様々なことを思ってひめゆりの塔を後にしました。バス停に戻りますとまだまだ時間がありましたのでお土産さんを覗いたり周囲をウロウロと。ある案内板に目をとめると「梯梧(でいご)之塔」があるとのこと。駐車場の奥にそれはひっそりと建っていました。梯梧之塔は昭和女学校からなる「梯梧学徒隊」の慰霊碑です。梯梧学徒隊もまた伊原の壕で亡くなった人が多かったそうです。沖縄戦で亡くなった沖縄県の学徒隊は男子1559名、女子446名の計2005名でした。また、学徒隊に限らず沖縄県民の4人に1人が亡くなるなど犠牲者は非常に大きい戦争でした。

 バスを待っている間にその場で絞ってくれる「さとうきびジュース」(200円)を見つけて飲みました。味は・・・甘いですね、そして若干草の味が。まあ絞ったわけですから草の味がしてもおかしくはないですか。再びバスに揺られて平和祈念公園に到着しました。
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館 梯梧之塔 さとうきびジュース
 平和祈念公園は、沖縄戦の激戦地であり終焉地でもあった摩文仁の丘一帯を戦没者慰霊公園として整地されています。ここには沖縄戦で亡くなった全国からの出身者氏名が刻まれた碑である「平和の礎(いしじ)」や各都道府県の慰霊碑である「国立沖縄戦没者墓苑」などがあります。平和の礎に刻まれている氏名は日本人だけではなく、敵であるアメリカ人も含まれていました。つまり、敵味方の区別はせずに一緒に慰霊するということでしょうか。

 そして沖縄県平和祈念資料館に入りました。ここでも広島にある平和記念資料館と同じくらい重いテーマが次々と出てきました。特に写真は目を背けたくなるほどでしたが、それがかえって強く訴えているようにも思えます。

 平和祈念公園からは東シナ海の青くて美しい海が見えます。しかし、この青い海はかつて戦場であったこと、そしてその事を決して忘れてはならないと思いました。
広大な平和祈念公園
平和の礎 平和の火 兵庫県は「のじぎくの塔」
沖縄の美しい海の過去は・・・
 慌しい帰路
 2つの資料館で色々なことを学んで後は帰るだけになります。再び14:15発の路線バスに乗って14:38着の糸満ロータリーで乗り換え14:39発にて那覇バスターミナルに向かいます。このまま那覇バスターミナルに戻っても良いのですが、日本最南端駅である赤嶺駅を見ておきたいと思い、途中下車しました。ちなみにこの時の路線バスは2便とも遅れていました。早いだけではなく遅い時もあるんですね。ますます沖縄のバス事情はどうかなあと思いつつ。。。
 
 さて赤嶺駅の感想は・・・モニュメントがある以外は特に普通の駅でしたね。赤嶺駅からゆいレールに乗って旭橋駅へ。荷物を取り出した後、那覇空港駅に向かいます。そういえば米軍の港にてでかい船を見たのですが、形からして高速船ですね。軍のためにそんなことに使う技術があるのであれば、民間で利用すればいいのにと思いつつ那覇空港駅に到着しました。

 出発は17:20。それまで2時間近くの空き時間があります。ここでお土産を購入しまししょう。サーターアンダーギー、オリオンビール、泡盛と。汗をかくくらいぐるぐる回ってもこんだけしか買えませんでしたので、空港にもいろんなお店があるんですがやっぱり国際通りでそろえたほうがいいかなと思います。無駄な力を使ってしまったもんだと思いつつ、手荷物を預けるとあと1時間ありますので最後にちょっと食べておこうとレストラン街に行きました。

 ここでもやっぱり沖縄料理でしょうね。なんとか郷土料理がありましたので入って沖縄そばセットを頼みました。沖縄そばと炊き込みご飯にもずく。もずくを2日連続で食べるのは初めてです笑。沖縄そばの味はもうちょっと何かが欲しいなという感じでした。ただ、不満があるといえば接客したおばちゃんはぶっきらぼうでしたね。よく観察していると仕事上がりが近くてやる気がなかったんでしょうか笑。有名人のサインもたくさんありましたけど、空港での郷土料理はここしかないのですので、自然と足が向くでしょうから別にこんなにサインがあってすごいなとはあんまり思わなかったです。そういうことであんまり居心地が良くなかったのでさっさと食べて出ました笑。そういえばゴーヤーチャンプルー、食べてないままでした笑。
最南端駅「赤嶺駅」 空港の「沖縄そばセット」
 30分以上も前に搭乗口に着きましたが、なぜかそれでも慌しく。そういえば僕用のお土産がないなと思い、急遽沖縄方言の本を買いました。シーサーも買いたかったのですが、次の機会にとっておくことにしたんです。

 帰りの飛行機は那覇空港発伊丹空港行きのJAL2088便です。またJALかと思いましたが、沖縄にもっとも遅くまでいられる便がこれだったんですね。機種はB747−400。飛行機デビューした新千歳伊丹便と同じジャンボです。同じなので席も72A席です笑。空港についてからずっと動きっぱなしで疲れましたね。気がつくと乗っていたというようなそんな感じです。さてどっしりと座って見渡すとまあまあ多く乗ってるほうじゃないかなと思います。以降は次の通りです。

17:35・・・滑走路に入り、走行開始
17:40・・・雲の上に到達
17:42・・・シートベルト解除
18:00・・・奄美大島付近
18:45・・・耳が痛くなる
18:47・・・シートベルト着用
18:52・・・降下開始
19:00・・・大坂城の脇を通過
19:03・・・着陸

 という感じでした。18:00から45分までの間は軽く寝てしまったので、いつどこを飛んでいたのかが分かりませんでした。ちなみに機窓からの景色は、一面が雲海でしたが日が沈む時だったので夕焼けが非常にきれいでした。そのほかは、離陸時に吐いたらしい人がいた以外は特に変わったことはなく着陸していました。

 着陸した伊丹空港で真っ先にやったのは着替えです。すごく寒いです笑。まあ14度の沖縄から4度の兵庫ですから無理もないですか。いつものようにリムジンバスにて三ノ宮駅に行きます。車内はガラガラでした。北海道から帰ってきたときはすごく混んでいたので覚悟はしていたんですけどね。ちなみにこの便の担当バスは阪神電鉄バス。車内には阪神タイガースのハッピを来た人がいました。恐らくは石垣島でのキャンプ見物帰りでしょうか。阪神ファンだからリムジンバスも阪神電鉄バス、三ノ宮からも阪神電車を利用するみたいです。恐るべし・・・笑。
再びジャンボ
お気に入りの72A席 一面の雲海 神秘的な色でした
 終わりに
 沖縄というのは本当に本土とは何もかも違うなと思いました。那覇空港に降り立ってまず暖かかったですね。本土はまだ寒いというのにこの暖かさは南北に長い日本列島を本当に実感できますね。沖縄料理も味が全く違いまして、本土だったら場所が違っても基本は同じというところもあるのですが、沖縄料理はいずれも独自の味になっています。本土の味に慣れた者は好き嫌いが分かれるだろうなと思いました。雰囲気も本土とは違うと感じましたので、僕としては沖縄は小さな外国のような感じがします。

 今回の沖縄旅で重視したことは、やはり歴史関係ですね。首里城から始まったわけですが、すでに沖縄戦の暗さを感じました。首里城はその沖縄戦で破壊されたわけですからね。南部戦跡へ行くとさらに実感しました。ひめゆりの塔と平和祈念公園。いずれの展示物は広島よりも重い映像と写真で強く訴えかけています。沖縄にやってきた人全てに一度は訪れて欲しいです。しかし、ホテルのテレビから米軍放送と、新聞では基地移転問題を取り上げるなど、米軍が沖縄を縛り付ける日々は現在も続いているのかと思うと早期の撤退を願いたいですね。

 こうしてひとり旅デビューから足掛け11年かけた日本一周はグランドフィナーレを迎えました。思えば播州赤穂の旅から始まった一人旅は、少しずつ行動範囲が広がり、高校卒業時には九州一周、大学卒業時には北海道一周と本土全域を制覇しても、沖縄だけは飛行機が必要なことからなかなか行けませんでした。しかし、昨春に試し乗りして大丈夫だとわかり、やっと沖縄に行くことが出来ました。
 今後の旅の目標としては日本2周目をしつつ、JRの未踏破路線を少しずつ行きたいと思います。これまでは若い勢いに任せて次々と行きましたが、これからはのんびりとしていきたいですね。

(06年4月16日作成)






Copyright(C) mottakun、2002→、HPトップ